日本の城ある記(沖縄の城・中城城)

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 中城城 (なかぐすくじょう)  

訪問記
 中城(なかぐすく)にある城だから中城城と言うのだろうが、両国橋bridgeと言っているようで少し変だと感じる。そもそも中城と言う地名も城の存在があってこその呼び名ではないのか。まあ、こんなことは如何でもいいことなのだろう。地名の由来にこだわってもしょうがない。拘るのは私の偏屈な性格か。
 勝連城の後に中城城を訪れた。勝連城を牽制するために整備拡張された城で、この二つの城は深い因縁で結ばれているようだ。沖縄の歴史を事前に調べておけばもっと面白い見方ができたのかもしれなかったが、訪れた時は殆どその知識がない。もっとも今も通り一遍の解説文を読んだだけの知識であるから、私が知っていることは本当の歴史かどうか怪しい。とはいえ、歴史を深く掘り下げるために城跡巡りをしているのでもない。歴史を探求するのは嫌いではないが、それ以上に現場を訪ねて肌でその当時の雰囲気を体感することの方が性分にあっている。言い方を変えれば面倒な下調べより、現場に赴き勝手な解釈をしていた方が楽しいということだ。城巡りの楽しみ方も人それぞれだから、自分が満足できればそれでいい。なにも私の感じたことを人に押し付けるつもりもない。反対に、知識を与えて下さることは結構だが、押しつけられるのは閉口する。
 中城城は座喜味城を築城した護佐丸が王命によってここに移り、それまであった城を整備拡張したという。その所為か、アーチ型の石門や美しくカーブを描いた石塀が何処となく座喜味城に似ている。

 
規模は格段に中城の方が大きく、険しい石灰岩の岩山に造られて戦闘向きの城であるが、城の造形美の見事さからか両方の城は同じように優雅な趣が感じられる。それにしても何と言う悪運の強さなのか。事前の天気予報は見事に外れ、真っ青な空が広がっている。本土なら真夏を思い起こさせる陽気だ。中城の最高部に立てば太平洋に続く中城湾の青い海が広がっている。見事な景色を十分に堪能できた。(2012年3月6日)    
 中城城は沖縄本島東海岸の標高160mほどの石灰岩質でできた丘陵に築城されている。300ほどもあるとされる沖縄の城の中で最もよく遺構が残っているとされる城。連郭式の山城で六つの郭から構成されている。最初の築城者は14世紀の後半にこの地の按司による。1440年に座喜味城から移った護佐丸が現在残っているような城に造り上げた。西に東シナ海、東に太平洋に続く中城湾を望み、勝連半島、知念半島、さらに遠くの島々を見渡せる風光明美な地であり、かつ北部、中部から王府首里へ向かう交通の要害の地にある。琉球王朝にとって重要な戦略拠点であった。ここに勝連城を基盤とする阿麻和利を牽制するために重臣であり戦略家であった護佐丸を配置したのはもっともなこと。護佐丸滅亡後に中城城は王府の直轄地となり、王族が支配したが城としての役目は終わって番所が置かれた程度だった。  

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