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雛祭り  

  咲く枝の 夭々(とうとう)たるや 桃の酒
        山本西武(やまもとさいむ・にしたけ) 元禄8年(1695)ころ

 3月3日はひな祭り。桃の節句とも言われる。桃の節句の酒といえば「白酒(しろざけ)」が定番。白酒は蒸したもち米をすりつぶし、これに麹・みりんを加えて1っカ月ほど熟成させて作られたもの。アルコール度数は10%程度でビールよりは強く日本酒よりはアルコール度数は低い。口当たりは甘く女性に人気があるようだ。白酒は江戸時代に急速に普及するが、それ以前には桃の花を酒に浸した「桃花酒(とうかしゅ)」が飲まれていた。
 俳句の作者、山本西武は大坂で綿屋を営んでいた人。この頃は雛祭りの日に白酒と共に桃花酒も一般的に飲まれていたのだろうか。俳句のなかの「夭々」は中国最古の詩編とされる詩経の「桃夭(とうよう)」の詩から。「桃夭」の詩は若い娘の美しさを桃の花に例えたもの。桃の花を浮かべた酒を飲むことで”口いっぱいに春爛漫の思いが広がり、美しく咲いた桃の枝を連想させたようだ。ただし雛祭りに桃花酒が飲まれたのは一般的には桃は長寿を意味する「百歳(ももとせ)」に通じることから、また桃は邪気を祓うといった言い伝えからという。
 雛祭りは幼い女子の健やかな成長を祈る年中行事だが、幼子の成長を祈るそれ以前に日本の少子化が気になる。新型コロナウイルスの影響もあってのことだろうが2023年の出生数は前年に比べて4万人以上少ない約76万人。団塊の世代といわれる我々が生まれた時代、1947~49年の年間出生数は260万人を超えていたことに比べれば驚くほど少ない。過剰な人口も問題だが、この状況が続いてゆけばイーロン・マスク氏が警告するように日本は消滅しかねない。今の時代は出産適齢期の女性に子供を産む予定を尋ねること、そもそも子供を話題にすることすらタブーでのようではあるが、冷静にかつ真剣に人口の推移を話題にすることは必要だ。華やかな桃の節句の日ではあるが、それに似つかわしくない思いが浮かんでくる。(2024.3.3)

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雨水  

  春の海 終日(ひねもす)のたり のたりかな
               与謝蕪村 宝暦年間(1751~1763)

 2月19日は二十四節季の「雨水(うすい)」。冬の寒さが和らぎ、降る雪が雨に変わるころ。雪解け水が田畑を潤し始め、農家では農作業の準備を始める目安となる日。また、この日に雛人形を飾る家庭も多いという。
 今年の冬は、その始めの時期こそ厳しい寒さに見舞われたが、このところの陽気は既に春本番を思わせる。今年は厳しい寒さに襲われ、春の訪れは遅くなるのではと身構えていた私の予想は外れて4,5日前には去年に比べて2週間ほど早く春一番が吹いた。雨水の日の今日と明日の横浜地方の最高気温は4月中旬並みという。ただし快晴とはいかず朝から細かい雨が降ったり止んだりしている。節季の「雨水」に合わせたように今週は雨の降る日が続く予報。地球のあちこちで旱魃のニュースを聞く機会が増えたように感じていたので、降雨の予報は歓迎したい。
 それにしても天気予報以上に複雑怪奇なのが世界の政治状況。独裁政権が統治する超大国の中国、ロシアの動きが気になる。異常な事態も長く続けばごく普通の日常の出来事のように記憶の中に刷り込まれてゆく。何が正しく何が間違っているのか、自信をもって判断することに迷う。この先も暖かい日差しを受けてのんびりと海を眺めていられればと、ささやかな老人の思いが途切れない世の中であってほしいと願う。(2024.2.19)

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春節(旧正月)   

 今日(けふ)といへば もろこしまでも ゆく春を
           都(みやこ)にのみと 思ひけるかな
                       藤原俊成 新古今和歌集・巻第一春歌
 
 2月10日は旧暦の正月。去年の旧正月は1月22日であったが、去年は旧暦で閏月があった関係から今年は20日ほど遅くなっている。
 中華圏や東南アジアでは太陽暦の正月よりも旧暦で正月を祝う国が多い。中国では春節として正月の祝いが盛大に行われる。株式市場も今年は2月9日から休みとなり開場は2月19日で10日間の休場となっている。
 日本も維新後の明治6年(1872)に太陽暦に移行する約150年前までは旧暦で新年を祝っていた。歴史的には圧倒的に旧暦で過ごした期間が長く、また農作業や季節の移り変わりを表現する言葉には旧暦に倣ったものが多い。年中行事などを今でも旧暦で行われる地域もある。
 春節(旧正月)といえば、このところの日本で話題になるのは中華圏、特に中国からの観光客のこと。今年は政治的な思惑や中国の景気減退によりコロナウイルス騒動以前と比べると7割減となる予想。これまで来日客の増加に貢献した団体旅行客が少なくなったが、個人や少人数のグループでの来日が多くなったという。中国人に限らず日本への観光目的やその方法が質的に変化するきざしなのだろうか。旧正月の少し前の平日の夕刻、日本で一番規模の大きい横浜の中華街を訪れた。街はすでに春節の飾り付けが行われていた。これまでの年と比較はできないものの、団体で行動する中国人のグループに遭遇することはなかった。そればかりか明らかに中国人と思われる人の姿も何となく少なかったように見えた。むしろ日本人の訪問者がほとんどであったように感じた。
 日本国内の一部からは観光で経済規模拡大を図る政策は後進国のすることだといった観光客の積極的な受け入れ策に批判的な声もある。また地域住民の生活や自然環境、景観を維持するのに限度を超えた過剰な観光客の受け入れを批判する声は大きくなっている。しかし国外から積極的に観光客を呼び込む政策は後進国特有のものではない。観光業は維持・発展すべき重要な産業である。国内国外を問わず継続的安定的に観光客を呼び込む施策は続けるべき。訪れることを躊躇させるような国は後進国であり先進国とは言われない。いわゆるオーバーツーリズムによるトラブルの原因は受け入れ先のインフラの未整備、また国の法律の不備が原因であることが多い。瞬時の整備、対応は無理だが順次改善していけば解決できることだ。恐れているだけでは何もできない。
 掲載した和歌は鎌倉幕府黎明期の元久2年(1205)頃に成立した新古今和歌集に収録されたもので正月ではなく立春の日に詠まれたもの。私の偏見による意訳かもしれないが作者は、春は”もろこし(唐土)”までも広がっていくものだがこの都にのみ訪れたものだと思っていたと(あるいは都にだけにとどまっていてほしいと)、「他所」への思いを忘れて現在住む都だけに注力して待ち焦がれていた春(立春・新年)の到来を喜ぶ気持ちを表している。
 鎌倉時代であるなら遠い異国の地は日常的に交流がある場所ではく無視をしても影響はたいしてないが、現代は唐土ばかりでなく世界中の国とつながっている。もはや遠い異国も「他所」ではない。あらゆる情報はネットを経由して瞬時に伝わる。観光業に限らずあらゆる産業が国外とつながっている。資源に乏しい日本はこれまでも海外と交流することで発展を遂げてきた。観光にしろ商用にしろ国外からの訪問者に快適な居場所を提供出来ることはその国の誇りともいえる。しかしながら昨今の風潮は内向きに傾いているように見え、ややもすれば国外との交流拡大の流れを断ち切る方向に向かっているのではと危惧する。(2024.2.10)

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立春  

 年のうちに 春は来にけり ひととせを
       去年(こぞ)とやいはむ 今年とやいはむ
                 在原元方 古今和歌集 巻第一春歌上
 古今和歌集・春歌の巻頭に掲載された歌。この年(旧暦)は閏月があった年で、正月が来る前に「立春(りっしゅん)」があった。歌の作者は12月というのにもう春が来た。春が訪れたので過ぎ去ったここまでの一年を去年と呼ぶべきなのか、それとも正月が来るまでは今年と呼ぶべきなのかと問いかけている。
 2024年の「立春」は2月4日。この日、旧暦では12月25日。旧暦では閏2月があり13カ月あったので、今年は歌が詠まれた年と同じく旧暦の正月1月1日(太陽暦の2月10日)が来る前に春(立春)が訪れている。
 しかし立春となっても現実にはまだ冬の季節から抜け出していない。私が住んでいる地方では明日の午後から明後日の朝にかけて雪(みぞれ)が降る予報。今日(2月4日)の最高気温は8度。明日の最高気温は5度の予報。それでも梅はしっかりと花を咲かせている。花に集まる鳥も見かけるようになった。旧暦でも現在の暦でも、暦の上では春が訪れた。後は人間社会に春が訪れるのを待つだけだが、世界中で起きている争いは拡大の一途だ。何時になったら春が訪れるのか暗闇の中からは光は見えてこない。(2024.2.4)

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節分会  

 節分の日に神社を訪れたのは半世紀以上前の私が小学生の1,2年生のころ。微かな記憶しかないが父親に連れられて当時住んでいた近所の神社へ。父親は町内のなんらかの役員をしていたのか裃を着て豆を撒く役どころ。その横で私も豆の入った一升桝を持って豆まきをした。今は袋入りの豆を撒くことが多いが、当時は炒った大豆をそのまま撒いていた。
 今日、少し寒かったが晴天で風もない。暇を持て余していたので午後から以前に初詣に行ったことのある横浜市内の神社へ行くことに。それほど広くはない境内には大勢の参拝客が詰めかけていた。インフルエンザ風邪の流行やや新型コロナウイルス感染が再び拡大しているとのメディアの報道もあるが、私を含めてここに集まった人はそんなことは気にはしてはいないようだ。いや、むしろ節分での豆まきは災いをもたらす厄神を追い払い、福を招くためのものという。撒かれた豆を受け取ればインフルエンザや新型コロナウイルスから身を護る御利益があると期待しているのだろう。
 大勢の参拝客の中で撒かれた豆袋を受け取ることが出来るのか、あまり期待はしていなかったが、手を伸ばすと豆の方からとび込んできてくれて私は三つ、同行のカミさんは五つも得ることができた。多分、これで今年一年は無病息災で暮らすことができるに違いない
。(2024.2.3)


  おし返し ものを思ふは 苦しきに 知らずがほにて 世をや過ぎまし
                                    藤原良経 新古今和歌集巻第18
  ”繰り返し物思いするのは辛いので、知らないふりをして世を過ごそうか” 

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梅まつり  

  梅咲いて 人の怒りの 悔いもあり
           内藤露沾(ないとう ろせん) 元禄4年(1691)ころ

 1月も下旬になると関東地方ではあちこちで梅見のまつりが開催されるようになる。今年は穏やかな天候に恵まれて梅の開花も早まっているようだ。近場の公園の梅も三分咲きでそろそろ見頃を迎える時期であるが、少し足を延ばして久し振りに熱海まで出かけた。
 花見といえば桜の花を指す場合が多い。毎年恒例となっている気象庁の桜の開花予報では桜前線の言葉もある。これに対応する全国的な梅の花の開花予想は聞かれない。桜の花も梅の花もどちらも人を惹きつける魅力ある花だと思うのだが圧倒的に桜の情報量が多い。メディアの取り上げ方にも大きな差があるのはなぜだろう。
 日本一早咲きの梅園として有名な熱海梅園も私が訪れたときの最高気温は10度ほど。桜の季節と比べれば低い。日差しがあれば暖かいが、日陰に入ると急に寒さを感じる。風でも吹けば最悪だ。私が訪れたときはほぼ無風状態だったが、それでものんびりとした気分で梅の花を観賞するには少し厳しい。桜の花見では野外で酒を酌み交わしている光景をあちこちで普通に目にするが、梅見ではほぼ見られない。梅見は、老人には暖かい部屋から酒でも飲んで花を眺めるのがちょうどよいが、そんな環境で梅見ができる人は限られている。
 そもそも梅を見る時と桜を見る時の心の持ちようが違っているように思う。桜見はひたすら陽気に騒ぐだけ。梅見は哲学的、文学的な気分を伴うと、そんな感想を持つのは偏見か。「令和」の元号は万葉集の梅の花を詠んだ部の序文を典拠としている。やはり梅見は酒盛りして鑑賞するのでなく心静かに野点の茶会などを楽しみながら鑑賞するのが相応しいようだ。
 俳句の作者・内藤露沾は磐城国の平藩主の次男として生まれ、宗因を師として芭蕉とも交流があった人。高雅な香りがする梅の花を見て、その静かな姿に心を清められ、つまらないことで怒った過去のことなどに後悔の念が湧いてくると詠んでいる。梅の花見は人の心を浄化する作用があるらしい。が、残念ながら私には今回の梅見でもそんな境地に達することはなかった。(2024.1.26) 

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大寒  

 夜嵐(よあらし)の 雨に日たけぬ 枇杷(びわ)の花
           早野巴人(はやのはじん) 夜半亭発句帖・宝暦5年(1755)

 近所の家の庭先に枇杷の木を見つけた。白い小さな花はすでに散ってしまっていたが太い褐色の花軸には果実の卵がのぞいていた。枇杷は11月から2月ごろに開花して5、6月ごろには実が熟すという。厳しい冬の季節に可憐な白い花を咲かせ、初夏には甘い芳香を放つ黄橙色の実となる。
 1月20日は二十四節季の「大寒(だいかん)」。同じ二十四節季の「小寒」に引き続き最も寒さが厳しい時期。大寒の今日、雪国では豪雪が予想されているが横浜地方では午後から雪ではなく雨の予報。それでも最高気温は10度を下回る見込み。
 俳句の作者は冷たい雨に打たれながらも辛抱強く枇杷は花を咲かせていると、強かに咲き続ける枇杷の花を愛おしく感じているのだろう。正月早々大災害に見舞われた日本。被害の規模からして復興は容易ではないが、粘り強く前に向って歩み続けてほしい。努力は必ず枇杷の実のように甘い香りの素晴らしい果実を生むに違いない。私にできることは何もないが、少額の寄付だけはさせてもらった。
 それにしても見渡す世間の風景はちょっと暗い。地球のあちこちでは相変わらず戦争の種が生まれている。日本国内では後ろ向きの話題ばかり。枇杷の花の花言葉には「密かな告発」の他に「治癒」「温和」というのもある。世界中で穏やかな風景が見られることを願っている。
 珍しく今日の朝一番に日本を元気つけるニュースがあった。軽自動車ほどの大きさの月着陸船であるが月面への軟着陸に成功した。アメリカ主導の月探査計画「アルテミス計画」は少々遅れ気味だが、これには日本人の月着陸も予定されている。私が生きている間には無理だが、人類が特別ではなく普通に宇宙へ飛び出す日が来ることを想像するのは楽しいことだ。(2024.1.20) 
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小寒  

  雪ちるや おどけも言えぬ 信濃空(しなのぞら)
                    小林一茶 文政2年(1819)

 1月6日は二十四節季のうち「小寒(しょうかん)」。冬の寒さが最も強まるころ。これから2月3日の節分迄を「寒の内」あるいは「寒中」と言っている。
暦の上ではもっとも寒さが厳しい時期というが、小寒の日の今日の横浜地方は最低気温は4.5度であったが、最高気温は17.5度まで上がる予報。
 一茶の句は旧暦の12月の作。太陽暦であれば1月から2月ころか。一茶が終の棲家と定めた生まれ故郷の信濃の柏原は豪雪地帯。「はつ雪や といえば直ぐに 三、四尺」の句も残している。
 雪が珍しい都会に住む者にとって一面真っ白に覆われた神秘的で美しい雪景色を待ち望んでいる者も多いが、一茶にとっては雪の降るのを待ち焦がれるとは冗談やたわむれ(おどけ)にも言えない言葉。冬の到来は4,5ヶ月ほど続く戦そのもの。
 元日に震度7の地震が襲った能登半島、輪島の今日の最低気温は6.5度。最高気温の予想は12度で天候は雨。一転して明日の最低気温は0.7度、最高気温は2.9度の予報。天候は大雪が予想されている。震災被害を思えば雪景色を待ち望んでいるとは都会に住む者でも言えない言葉だ。
 6年ほど前に能登半島を一周する旅をした。輪島の朝市、白米千枚田、禄鋼崎の白亜の灯台、珠洲市海岸の見附島(軍艦島)、奥能登の里山風景など震災被害のあった観光地を想い出す。まだ余震が続いているようだが早期に復興することを願ってやまない。(2024.1.6) 

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年の初め  

  門松や ひとりし聞けば 夜の雨
                   小林一茶 享和2年(1802)

 一茶が40歳のときの句。窮乏生活のなかで迎えた正月。門松といっても形ばかりの粗末なものだろう。夜になって降り出した雨の音を独り孤独に耐えながら聞いている。一茶には、なんとか新しい年を迎えたにしてもこの先の明るい見通しは望むべくもないようだ。
 令和6年の元旦、関東地方ではおおむね好天に恵まれて初日の出を見ることができた。12月31日から1月1日へ至極当然に時間が過ぎて単に暦が変わっただけのことだが何か素晴らしい出来事が起きてくれるのではと、今年もまた根拠のない夢を描いて正月を迎えている。
 昨年とは異なり新型コロナウィルスから解放されて各地の神社には大勢の初詣・参拝客が訪れているとテレビで報道されている。テレビ番組の内容も今年はコロナウィルスによる規制の影響はなく、ウィルス騒動以前に戻った企画で盛り上がっているようだ。もっとも私はこの頃はあまりテレビを見ない。主に見るのは報道番組かスポーツ番組、それもサッカーかベースボ―ルが中心。元日の今日は恒例の雑煮と簡単なおせち料理を食べ、午後から近所を散策して3時ごろに帰宅。帰宅してからはネットの記事を見ていたが、4時過ぎになって地震の揺れを感じる。大した揺れではなかったが長く続き、揺れの具合から震源地は遠方と推測するが少し不気味に感じる揺れだった。しばらくして震源地が気になり確認のため別室でテレビを見ていたカミさん聞くと震源地は能登で大津波警報が出ているという。またテレビの画面も突然に地震のニュースに切り替わったという。確かにNHKだけでなく民放を含むすべての番組が地震のニュースを流している。しかも民放は収入源であるCMすらも流していない。阪神淡路や東日本大震災の時に私は自宅にいなかったので当日のテレビの放送がどうであったのか経験していないが、全てのテレビ局がCMを流すことなく地震のニュースを伝えていることは驚きだった。
 一茶が新年に詠んだ俳句の思いとは次元が異なるが、元日の午前と午後の急激な空気の変わりように今年1年の見通しを明るく想像することを躊躇う。年老いた我が身にとって、どう足掻いても自身の力の及びようのない出来事を心配したり不安に感じても詮ない事と思いつつも、今、地球上で現実に起きている戦争や異常な気象の出来事を目にすると、無意識に不幸な状況を描いて心配事は尽きない。などなどと言いつつも今年も相変わらず世間とは少し距離を置いて適当に生きていこうと、そんな気分ではいる。(2024.1.1)

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